IT時代の組織論

 

1.はじめに

 

 IT時代において組織のあり方は大きく変わりつつある。そして、すでに情報技術は組織のあり方に革命的な影響を与え始めている。マサチューセッツ工科大学は世界17カ国における先進的な企業264社の組織の現状を調べた。その結果、先進企業の組織構造には共通点があることが分かった。マサチューセッツ工科大学のトーマス・マローン教授はその組織構造こそが21世紀の組織のあり方だと考えた。彼は次のように語っている。

 

 『人々はもっと創造的な仕事をすることができる。21世紀の組織は、一人一人が相互に結びつきながら、絶えず形を変えていく不定形なものとなるでしょう。20世紀の中央集権型ピラミッド組織に見られたような、単純な階層構造とは全く異なります。人々は、自分たちの意思決定をするために必要な情報に何でもアクセスできるようになりました。自分の属している組織の他の部署にいる人々や、全く違った組織の人々との結びつきがあり、そうした多くの異なった関係や情報をうまく活用することが成功に結びつきます。上司の命令に従うことではなく、必要な情報が何であるかを自分で考え、何をすべきか、自主的に判断して行うことが重要となり、人々はもっと効率的に、もっと創造的な仕事をすることが可能になるでしょう』(2002年5月12日放送「改革の世紀」から引用)

 

2.企業における組織改革

 

 私は長年企業で働いてきたこともあり、このトーマス・マローン教授の意見に共感を覚える。実際に私はトーマス教授の述べているような仕事の仕方をすでに10年も前からあたりまえに経験してきた。従来の組織の構造とは例えば企業では社長の下に事業部があり、その下に部があり課があるピラミッド型の階層型組織である。部長は課長に指示して課長は課員に指示する。課員は課長に報告し課長は部長に報告する。かつて、個人はこの縦型組織から逸脱した行動をしなかったし、そういう行動をしてはいけなかった。しかし加速する変化に階層型組織は適応できなくなってきた。情報技術が発達してきた10年ほど前から、私のいた企業においても組織のあり方は確実に変わってきた。指示と報告の形態も変化してきた。そして個人の持っている能力を最大限生かす環境が組織の目的になった。それが組織全体の利益にもつながった。

 

 では具体的にはどうだったのか。一見すると今でも形としては従来と同じように階層構造(事業部、部、課)がある。だから古い視点で漠然と外から見ていると何も変わっていないように見えるかもしれない。しかしそれはもはや実態ではない。実態は大きく変わった。私は開発業務に携わるかたわら、標準化を進めるためのプロジェクトや、ITの将来計画を考える研究所とのプロジェクト、情報通信の次世代半導体のプロジェクト、そして時には企業トップ直属の検討プロジェクトに参加するなど、様々なプロジェクトに関わってきた。プロジェクト型組織である。階層型組織と連携はとりつつも、必ずしも従来の組織に属しているわけではない。社外における標準化組織委員やオブジェクトコード委員にも携わっていたが、それらの活動も従来の組織が直接管理するわけではない。

 

 それらの成果はネットワークを通して社内で情報共有される。電子メールやホームページによるネットワークの活用によって、だれでも情報にアクセスすることが可能になった。情報の疎通において企業内にある各組織ごとの垣根は遥かに低くなり、他の組織での検討状況も互いに把握できる。情報ネットワークの発展は情報の共有に際して必ずしも多くの時間を必要としない。また不要だと判断した情報は読む必要はない。他の人たちは組織内のネットワークにアクセスして、お互いに必要な情報を得る。そして次の検討や意思決定に活用する。また、一度決定したことでも実行段階で問題が発生した場合、ある時にはプロジェクトで組織的に、またある時には自発的に検討や見直しを行い、その情報も組織全体で公開される。

 

3.個人と組織

 

 このような組織形態において一人一人の個人は必ずしも一つのプロジェクトに属しているわけではない。一人が同時にさまざまなプロジェクトのメンバーになる。それらのプロジェクトは必要に応じて生まれたり消えたりする。従来型組織とは連携をとりつつもその活動は独立している。個人は自分の能力に合わせてさまざまなプロジェクトに参加する。そしてそれらのプロジェクト同士はまるでクモの巣のように複雑に連携している。それは上司からの指示と報告の形態に代表されるような従来型の管理された階層型組織とは明らかに異なっている。自立した個人がコアとなって情報を管理する時代を情報技術(IT)が可能にした。出来上がった結果だけではなく検討段階においてのプロセスも開示する。

 

 確かに一方では、企業の中には古い組織の体質も多く残っていたことも事実である。しかし意欲ある社員はその意思と能力に応じてさまざまなプロジェクトで働いていた。そして、そういう活動を積極的に支援し推奨する風土が企業にはあった。今や多くの先進企業においては、従来型の組織の中でしか仕事ができない社員は自発的な意思と能力がない社員ともみなされてしまう場合がある。情報技術は従来の組織構造を変える。もはや、ITは単なるテクノロジーではない。しかしその前に一人一人が時代の変化を捉えて自分自身の中の価値観と意識を見つめ直し再構築しなければならない。意識改革なくして組織改革の成功はありえない。

 

4.組織改革の課題

 

 従来のようなピラミッド型の中央集権的な階層型組織の最大の欠点は組織内に壁があると言う表現がぴったりする。小さな分割された組織ごとに情報が閉塞しており、組織全体での情報の疎通の障壁になっていた。すなわち情報が階層組織を通るときにその内容が加工されたり、フィルターされたりする。また整理されすぎた報告では検討のプロセスが見えにくくなる。検討段階のプロセスの段階では見えていたはずの問題点や課題、途中の検討で生まれては消えた多くの他の選択肢が隠れてしまう。それでは最も重要な意思決定の段階において十分な情報を得ることができなくなることも起きる。それは結果的に意思決定を遅らせるだけではなく判断を誤る原因にもなっていた。

 

 個々人は自由でオープンな環境のもとで、アメーバのように形を変えるさまざまなプロジェクトに参加して創造的協調性を発揮する。各プロジェクトは互いのプロジェクトの課題や検討状況を把握でき、階層組織の責任者はオープンになった情報を意思決定の判断材料にすることができる。さらに、他のプロジェクトにおける検討途中のプロセスをダイナミックに把握できるため、まだ検討中であっても問題を見つけ出して早期に検討の見直しを依頼できる。このような情報が共有化された組織形態によって、従来のように結果が報告されてから見直しをするよりはるかに短期間でかつ良い検討が可能になる。これからの時代は意思決定のスピードが重要である。

 

5.組織の未来と大学

 

 かつての大型コンピュータは昔々の社長である。大型コンピュータにつながる入出力しかできない操作端末であるTSS(Time Sharing System)端末)は兵隊のように従順な社員のようであった。個人の力より階層組織を重んじる官僚的な組織形態は変化の遅い時代には、決まったことを決まった通りするには最適なシステムであった。しかし、時代は変化した。現代の組織構造はまるでインターネットの形態にそっくりである。高機能で能力の高いパーソナルコンピュータはまるで現代の個人のようである。目的に応じてサーバというプロジェクトに自由にアクセスし、網の目のように有機的につながっている。従来の価値観で情報の流れを規制したり管理したりすることは、時代の流れに逆行する。変化の早い時代だからこそ、機動力のある組織が求められている。

 

 2002年4月NTTは電話交換機への新規投資を終結することを発表した。つまり交換機終結宣言である。今後、電話も含めてネットワークがIP網へ全面移行をすることを意味する。ネットワークの世界では100年近く続いてきた『中央集権型ネットワーク』の交換機が終焉し、わずか10年前に商用サービスが始まった『民主的分散管理システムであるインターネット』に移行したことは、組織においても次の時代を予感させる。すなわち『中央集権型ピラミッドである階層型組織』はあと数年の内に全てが『民主的分散管理システムのプロジェクト型組織』に移行していくのではないだろうか。それはきっと遠い先のことではない。組私は10年以内にすべての組織は従来とまったく違うものになると直感している。しかし、10年後に変えてもそれは手遅れだ。

 

 組織は固定的であってはならない。必要に応じてプロジェクトが生まれ、そしてもう役目を終えて形骸化したチーム、無駄な会議などは解散して消えていくことが必要である。組織改革に遅れをとった企業が消えていくように、時代の変化を捉えることができずに旧来の組織にこだわる大学は確実に衰退の道を歩むだろう。大学においての組織改革の最大の目的は、教育の主体である学生が充実した有意義な大学生活をおくるための教育環境の実現である。私の所属するこの大学でも組織改革が進んでいる。学内にもいくつものプロジェクトが生まれている。私自身も今、大学の情報改革と教育改革のために様々なレベルにおいて多様なプロジェクトに参加している。それぞれの構成メンバーがその能力を最大限生かせる組織形態が模索されつづけている。意欲のある教職員はそれぞれの分野で組織改革を進めている。残されている時間は少ない。

 

                            2002.6